携帯電話は有毒廃棄物に
−使用済み携帯電話の有毒性に関する最近の調査−

Mobile Toxic Waste:
Recent Findings on the Toxicity of End-of-Life Cell Phones

情報源:Basel Action Network (BAN) April 2004
http://www.ban.org/Library/mobilephonetoxicityrep.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2004年5月8日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_04/04_05/04_05_mobile_phone.html

はじめに

 危険廃棄物の廃棄と国境を越えての移動に関する諸国の一般的及び個別の責務を取り扱う世界で唯一の法的拘束力を持つバーゼル条約では最近、 ”携帯電話共同イニシアチブ” として知られる産業界との共同計画を通じて、使用済み携帯電話に対する特別の関心を払うようになった。

 しかし、明らかにバーゼル・イニシアティブは、使用済み携帯電話が危険廃棄物であり、従ってバーゼル条約の義務対象となるかどうかの明白な疑問に答えることを避けようとしているように見える。そこでバーゼル・アクション・ネットワーク(Basel Action Network (BAN))は、この懸念すべきことがらを明確にし、全ての関係者に知ってもらうために、この短い報告書を発行する必要を感じた。

 一般的に電子・電気機器が危険物質を含んでいるということは知られているが、つい最近まで、特に携帯電話の有毒性に関する特定のデータを示す科学的に有効なテスト結果は存在していなかった。

 固体廃棄物からの浸出液の危険性を決定するために世界で広く受け入れられている有毒特性浸出処理(Toxicity Characteristic Leaching Procedure (TCLP))テストは、廃棄物が土壌から地下水に有害物質を浸出する危険な特性を有するかどうかを決定するために用いられている一つの標準である。
 有毒物質を環境中に浸出する特性は危険性を特定す決定因子として広く考えられており、バーゼル条約付属書V(H13特性)に危険特性の定義の一つとして挙げられている。[1]

 携帯電話はサイズが比較的小さいが、非常に大量の廃棄物となり、廃棄とリサイクリングの観点及びそのような廃棄物の国境を越えての移動の観点から、深刻な地球汚染の懸念が高まっている。

 アメリカだけでも、専門家は2005年までに1億3千万台の携帯電話が廃棄され、その結果 6万5千トンの廃棄物となると見積もっている。[2] このように廃棄物の量が多く、またその毒性がよく分かっていないのでアメリカの2つの研究機関が、携帯電話及びその他の電子廃棄物に関する TCLP テストを実施した。

 2004年初頭、フロリダ大学の固体危険廃棄物技術プログラムは、アメリカ環境保護局(EPA)の基金により ”コンピュータCPUとその他廃棄電子機器の RCRA 毒性特性研究” を実施し、結果を発表した。(フロリダ大学調査)[3]
 時期を同じくして、カリフォルニア EPA の有毒物質管理部門が、携帯電話及びその他 6種類の電子・電気機器の TCLP テストを実施した。(Cal EPA 調査)
 これら2つの調査結果が本報告書の中心である。

有毒な携帯電話の構成

 フロリダ大学の調査によれば、テストを実施した携帯電話の平均的な成分構成は、プラスチック45%、プリント基板回路40%、液晶部4%、マグネシウム板3%、金属8%である。[4] これらには下記に記述する携帯電話のバッテリーは含まれていない。
 これらの物質の中には次のような有毒物質が見出された。鉛、臭素化難燃剤、ベリリウム、6価クロム、ヒ素、カドミウム、アンチモン。

難分解性生体蓄積有毒物質

 携帯電話から見出された物質の多くはまた、アメリカ EPA の難分解性生体蓄積有毒物質(PBTs)リストに挙げられているものであり、それらに対して EPA は2005年までに廃棄物中の PBTs を少なくとも半分にするという国家目標を設定した。[5]

 アメリカは PBTs を含む鉛塗料などのくつかの製品は禁止したが、今日まだ多くの PBTs が電子製品中で使用されている。

 PBTs は、長期間分解しないので特に危険であり、容易に大気中、水中、土壌中に拡散し移動して、その結果、汚染の当初の地点からはるか離れた地点で有毒物質が蓄積することとなる。
 PBTs は人間や動物の脂肪組織に蓄積するので、その有毒物質は徐々に濃縮され、食物連鎖の頂点では最大の危険性を持つこととなる。

 アメリカ EPA によれば、 ”PBTs は人間の健康に対し、神経系、生殖及び発達系の問題、がん、遺伝子等に有害な影響を与える可能性がある”。[6] 子どもたちは PBTs による有害影響に特に敏感である。
 上述の物質のは全て、バーゼル条約の付属書T に挙げられている。

 欧州連合では、 ”特定有害物質使用制限指令(RoHS指令)(Restriction on Hazardous Substances (RoHS) Directive)” により、2006年7月1日までに電気電子機器中の鉛、カドミウム、6価クロム、及び PBD と PBDE 難燃剤の使用を廃止する。

携帯電話バッテリー

 携帯電話の充電式バッテリーは技術革新のもとに急速に新しいものへと変わっている。すでに世界中で売られている充電式バッテリーの60%は携帯電話に使用されている。[7] しかし、現在の充電式バッテリーは臭素化難燃剤と共にカドミウムなどの有毒成分を含んでいる。携帯電話による総合環境負荷はバッテリーの材質成分だけでなく、携帯電話が廃棄されるまでに使用される期間にも依存する。多くの携帯電話使用者は、廃棄するまでの使用間中に少なくとも1回はバッテリーを交換する。



 アメリカ EPA の PBTs リストで第1位に挙げられた鉛は、電子機器においてプリント基板に部品を装着するために、また鉛ハンダを使用して他の部品に装着するために広く用いられている。
 鉛は長い間、人間と環境に有毒であることが知られている。それはよくある汚染物質であり生態系全体に悪影響を与える。人間には、中枢神経系、免疫系、血管系、腎臓系、内分泌系に深刻な影響を及ぼし、子どもの脳の発達、従って知能にも影響する。鉛は発がん性の疑いもある。環境中に蓄積し、高い慢性及び急性の影響を微生物、植物及び動物に及ぼす。

臭素化難燃剤

 臭素化難燃剤(BFRs)は、携帯電話の可燃性を抑えるために主にプラスチック筐体とプリント基板中で使用されている。現在いくつかの種類の臭素化難燃剤が電子機器で使われているが、それらのあるものは人間の健康と環境に有害であることが知られており、そ他のものもテスト中である。次のものは現在使用されている臭素化難燃剤である。
  1. ヘクサ臭素化シクロドデカン(HBCD)
  2. ポリ臭素化ビフェニール(PBBs)
  3. ポリ臭素化ジフェニール・エーテル(PBDEs)
    ・デカ臭素化ジフェニール・エーテル((Deca-BDE)
    ・オクタ素化ジフェニール・エーテル((Octa-a-BDE)
  4. テトラ臭素化ビスフェノール(TBBP-A)[9]

   研究によれば、臭素化難燃剤(BFRs)は生体蓄積性有毒物質であり、埋立地から浸出する恐れがる。[10] ポリ臭素化ジフェニール・エーテル(PBDEs)は、がん、肝臓障害、神経系及び免疫系障害、甲状腺機能不全、内分泌かく乱に関係がありうる。[11]
 さらに悪いことには、焼却中に、銅が存在すると(プリント基板中で使用されている)、非常に有毒な臭素化ダイオキシン類とフラン類を生成する。
 さらに、発展途上国における電子機器廃棄物の回収においてしばしば行われているように、焼却が低温で行われると、不完全燃焼によりさらに高濃度のダイオキシン類とフラン類を生成する。

 どのような臭素化合物もこのような影響を引き起こすので、ある臭素化化合物を他の臭素化合物(例えば EU の RoHS 指令に準拠したもの)に置き換えても、環境的な解決となっているとは思えない。

 人間の体内汚染に関する多くの調査がスウェエーデン、日本、及び北アメリカで行われ、人間の母乳中の臭素化難燃剤(BFRs)の濃度が測定された。
 2001年12月に発表されたカナダ環境局の調査では、北アメリカの女性の母乳中のポリ臭素化ジフェニール・エーテル(PBDEs)濃度はスウェーデンで見出された最高濃度より40倍高い値を示した。[12]

ベリリウム

 携帯電話中のその他の有毒物質はベリリウムであり、通常、柔軟性と強度が要求される接点やスプリングなどの部品にベリリウム−銅合金が使用される。ベリリウムの最大の危険性の一つは、製造工程及びリサイクル工程で作業者が、吸入すると最も危険な金属ヒューム又はダストの一つであるベリリウムに曝露することである。
 ベリリウム肺(Beryllicosis)は、肺に永久的な傷をつけ、時には曝露してから数年後に死亡することがある。

携帯電話の有毒性

 現在、電子機器中での鉛使用の廃止が新たな緊急事項であるが、2005年までに廃棄されると予想される1億3千万台の携帯電話のプリント基板に含まれる鉛ハンダは約40.6トンの鉛廃棄物を生成すると推定される。[13]
 これらの懸念があるために、アメリカ環境保護局は、12種の異なる電子機器の TCLP 調査に基金を供与した。フロリダ大学では8種類の金属について調査したが、鉛、鉄、銅、及び亜鉛の結果だけについて下表にリストした。
 近い将来、携帯電話及び他の電子機器からの浸出液中で見出された他の金属の濃度に関するテスト結果もフロリダ大学から入手可能となるであろう。

 フロリダ大学の調査では、携帯電話を含む様々な電子機器からの浸出液の評価に標準 TCLP 法と修正 TCLP 法[14]の両方が使用された。
 標準 TCLP 法でフロリダ大学は、バッテリーを抜いた43台の携帯電話を0.95cm以下のサイズにしてテストした。結果を下記の表に示す。

 フロリダ大学の調査では、浸出液中の平均鉛濃度は20mg/Lであり、43サンプル中33サンプルが連邦毒性特性制限値である 5mg/L を超えていたが、この制限値はアメリカ以外の国々でも広く受け入れられている。
 フロリダ大学の修正 TCLP 法による調査では、平均鉛濃度は32mg/Lで、20サンプル中15サンプルがアメリカの制限値を超えていた。

 表中、 (True) は標準 TCLP 法を示し、(M.S.)は修正 TCLP 法を示す。




 一方、カリフォルニア EPA 調査では、TCLP 以外にカリフォルニア州の法が求める2つの追加テストが行われた。このテストはサンプルサイズがより小さく、鉛、銅、ベリリウム、ヒ素を含む14物質を含む。[15]
 Cal EPA は3つのテスト方法、Totals Test16、Wet Extraction Test17、及び TCLP を実施した。(Table 2:TCLP 結果)
 3つのテスト全ての結果は、携帯電話中の鉛は一貫して連邦政府及び州の許容規制値を超えていた。
 従って、Cal EPA のテスト結果はフロリダ大学の鉛に関するテスト結果とよく一致していた。



バーゼル条約危険廃棄物の定義

 バーゼル条約は、付属書Vに示す危険特性を有さない場合には、危険廃棄物を付属書Tで列挙されている廃棄物として広く定義する。鉛は付属書Tに含まれており、また付属書VでH13特性(フロリダ大学及び Cal EPA のテストで示された浸出性危険レベル)は携帯電話はバッテリーをはずしてもバーゼル条約では危険廃棄物と見なされることを示している。
 付属書[の危険廃棄物リストを用いて、付属書Tと付属書Vから、我々は登録番号A1180を見出すが、これは明らかに危険性に対する TCLP テストに落ちた携帯電話を包含する。

結論と勧告

使用済み携帯電話はバーゼル条約対象の危険廃棄物

 毒性特性浸出処理((TCLP)及びその他の浸出テストがすでに多数の携帯電話に対して実施され、もはや疑いなく、使用済み携帯電話はバーゼル条約及び多くの国際法の下で、危険廃棄物となる。

 臭素化難燃剤などの他の有毒物質、あるいは、有毒性又は生態毒性などの他の危険特性は、たとえ鉛濃度が許容値以下になっても使用済み携帯電話を危険物質と特徴付けるので、賢明な政策として、現在製造されている全ての携帯電話はバーゼル条約及びその他多くの国際法で定義されている危険廃棄物と見なすべきである。

 携帯電話や他の電子機器から鉛の削減あるいは除去が進んでいるが、鉛や他の有毒物質は今日廃棄されている携帯電話のほとんどに含まれている。
 これらの毒性に対し、廃棄され、回収され、あるいは世界中の再利用市場に出回る数百万台の携帯電話の数を掛け合わせることによって、危険廃棄物及びそれが地球に及ぼす影響の程度を想像することができるかもしれない。

 これらの影響は発展途上国では特に大きい。現在、多くの中古携帯電話が発展途上国に送られ、そこで製品生命を終える。さらに、動作しない携帯電話廃棄物は他の電子廃棄物とともに世界中に、しばしば、バーゼル条約に違反して不法に発展途上国に輸出され、そこで、危険廃棄物が処理されて、直ちに深刻な影響をその地域と人々に引き起こす。

バーゼル条約の役目

 有毒携帯電話廃棄物の国境を越えての移動と廃棄に関する深刻な地球環境への影響を鑑み、条約の下での使用済み携帯電話に対する法的責任を明確にするために積極的な役割をバーゼル条約が果たすことは必然である。

 バーゼル条約の携帯電話共同イニシアチブは関係者と消費者にこれらの法的義務を明確にし教育するための絶好の機会である。製造者、税関当局者、サービス提供者、及びリサイクル業者は、バーゼル条約の存在と責務について周知していないことが多くあるので、この見落としは直ちに正さなくてはならない。

 収集とリサイクル制度が開発される前に、バーゼル条約違反が広まらないよう法的な含意が明確にされ、周知徹底されなくてはならない。

 最後に、携帯電話共同イニシアチブが、携帯電話に関し単に製造に対する責任だけでなく、再利用とライフサイクルに目標を置いた拡大製造者責任(Extended Producer Responsibility)を要求する勧告をすることが望まれる。

 我々が、廃棄物及び危険特性をその源で防ぐという世界及びバーゼル条約の目標に向かうなら、これらの戦略は極めて重要である。



1 The Basel Convention on the Control of Transboundary Movements of Hazardous Wastes and their Disposal. (1989).

2 Bette K. Fishbein, Waste in the Wireless World: The Challenge of Cell Phones, at 61 (May 2002). [HEREINAFTER FISHBEIN].

3 Dr. Timothy G. Townsend, PhD, et. al. RCRA Toxicity Characterization of Computer CPUs and Other Discarded Electronic Devices, (forthcoming August 2004), copy available at www.ban.org. [HEREINAFTER TOWNSEND]

4 Id. at 4-15.

5 National Goal of Reducing PBT Quantity, 63 Fed. Reg. 60332-43 (1998).

6 US Environmental Protection Agency, Persistent Bioaccumulative and Toxic (PBT) Chemicals Program, (visited April 22,2004) .

7 Elizabeth Mooney, Battery Life Remains the Holy Grail for Industry, RADIO COMMUNICATIONS REPORT, Dec. 6, 1999.

8 US Environmental Protection Agency, Office of Solid Waste, Chemical Ranking Report for the RCRA PBT List Docket, Sept. 30, 1998, http://www.epa.gov/epaoswer/hazwaste/minimize/chemlist/rank.pdf.

9 FISHBEIN, supra note 6, at 27.

10 Commission of the European Communities, Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on Waste electrical and Electronic Equipment and Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on the Restriction of the use of certain hazardous substances in electrical and electronic equipment, “Explanatory Memorandum”, Brussels, June 13, 2000.

11 Kellyn S. Betts, Rapidly rising PBDE levels in North America, SCIENCE NEWS, Dec. 7, 2001, Environmental Science and Technology Online, (visited April 22, 2004)
http://pubs.acs.org/subscribe/journals/esthagw/2001/dec/science/kb_pbde.html

12 Id.

13 FISHBEIN, supra note 6, at 32.

14 TOWNSEND, supra note 1, at 3.2.3. Note that because of the size of some of the electronic devises, the University of Florida utilized the modified TCLP test to overcome the difficulties of reducing the large electronic devices to small homogenous sizes. Because of the size of cell phones, the modified TCLP was not used in evaluating these electronic devices. Also, the components for sampling were completely disassembled and placed into the extraction fluid, maintaining the same 20:1 liquid to solid ration as in the standard TCLP, then rotated for 18 hours. The resulting leachate was drained and tested.

15 State of California Environmental Protection Agency, Draft E-Waste Report: Determination of Regulated Elements in Seven Types of Consumer Products, (forthcoming July 2004).

16 The Totals Test is a chemical digestion test developed by the Department of Toxic Substances Control (DTSC) of the State of California Environmental Protection Agency to determine the total amount of a specific constituent in the soil. Asample is digested chemically to obtain its soluble and insoluble fractions. The total of the soluble and insoluble fractions of the sample is then compared to the total threshold limit concentration (TTLC) established by California regulators.

17 The Waste Extraction Test (WET) is a leaching test developed by Department of Toxic Substances Control of the. Results of the WET are compared to the Soluble Threshold Limit Concentration (STLC). The WET determines the amount of a specific constituent that can be leached from the soil using a solution designed to simulate landfill leaching. It is therefore a useful test for situations where a soil would be exposed to landfill leachate, such as disposal of ash together with uncombusted organic wastes in a solid waste landfill.



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